地元多治見市一筋93年。ここまで長い間、営業して続けてこられたのも岐阜のお客様に愛され、そして選ばれ続けてきたからです。「提案力」「技術力」「対応力」、これら3つを大切に、パレット製作や包装・梱包材のご提案をさせていただきます。
代表の市原です。私の生い立ちシリーズは一旦完結したので、今回は私が今迄であった人に対して感じている事を書きたいと思います。
学生時代・サラリーマン時代・そして経営者としての今、本当に様々な多くの方との出会いがありました。高校や大学の時代の仲間は、今でも年に数回あって一杯やりながら話す機会があります。不思議と40台までよりも50歳を過ぎてからの方が、会う機会が増えた気がしています。周りの皆も子育て?が落ち着き時間にゆとりができたこともあるかもしれません。働くまでの友人たちは、利害関係も無く、今でも会えば昔に戻ったような気分で付き合えます。当時、一緒にバカやったり、朝まで飲み明かしたり、良い想い出ばかりです。今でも、何も利害関係なく自分の悩みも打ち明けられる友人は大切な宝物です。
社会人になってからは、同僚の友人もいましたが、多くの良い先輩に恵まれました。叱ってくれる上司、最近では少なくなったと聞きますが、もいました。その時は、嫌な事を言う先輩だなと感じたこともありましたが、後々考えると私の事を思い、叱ってくれたんだと反省もしますし、そういった苦言の方が、いつまでも頭に残っているものです。私は苦言を言うのが苦手なタイプなので、良い上司としては失格です。社会人としての基本を叩き込まれたのも多くの素晴らしい先輩達との出会いでした。
家業に戻ってからは、仲人さんの勧めで青年会議所に入会しました。ちょうど30歳の時でしたが、本来社会人なら仕事が絡んだり、利害関係や会社の規模など、お付き合いにも気を使うのが普通だと思います。しかし、この青年会議所は違いました。それぞれが、時の理事長から与えられてた役を演ずるのです。そして、最大の目的はトレーニング。そこには会社の規模も、年の差も関係ありません。我武者羅に頑張る!今では死後になってしまいそうな言葉ですが、私の30台は、この青年会議所に育てられました。
次回は、この青年会議所(JC)について触れながら、出会った仲間たちの事を書きたいと思います。